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日々の破片

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2010-09-23

_ モスクワ攻防戦がおもしろい

何気なく本屋で手に取りついふらふらと買ったのだが、もちろんスターリンとヒトラーという二人の歴史を変えようとした政治家への興味、個人的にはモスクワ攻防戦に対する興味(ショスタコーヴィッチがビルの屋上で敵機を監視する仕事をしたということだけしか知らない)が根底にはあるのだが、これは大当たりだった。

まさに読書する喜びにしびれまくる。500ページ近い本のうち100ページ程を読んでしまったが、次々と出てくるエピソードの数々に圧倒される。

モスクワ攻防戦――20世紀を決した史上最大の戦闘(アンドリュー・ナゴルスキ/津守滋/津守京子)

突然気付いたが、戦争が歴史のネタに特になるのは、それが戦争という極限状況を描いているからではなく(もちろん、それがあることは間違いないが)、「記録」が圧倒的に多いからだ。当時~だった~の思い出話のようなものに始まり、国家の正規な機密文書、公式の外交文書、戦地の司令官による報告書、などなどだ。

だから、個々のエピソードが持つ人間的なおもしろさというのは、実は日常にもあるのだが、それが記録されていることで後の視点から冷徹に分析/整理された後に再提示できる。そのため、時を超えた普遍性を獲得し、後世の読書人を喜ばせるのだろう。

たとえば、こんな一節。

このエピソードの主人公ヴィニツキーはモスクワの大学生で志願してドイツと戦おうとする。しかし配属されたのは、裏切者(つまりは脱走や投降しようとする軍人(ってのは将校も含むからだ))を捕まえる(処刑する権利もある)部隊だ。そこで活躍した後、別の部隊へ配転される。その移動中にスパイと間違えられてNKVD(内務人民委員会で後のKGBになる)に捕まってしまう。まずいことに、正規の軍票が手違いで支給されていなかったため、パスポートなどしかない。拷問が続く。

しかし地元の党書記の一人が、ヴィニツキーの書類を引き続き調べた結果、書類が本物であるとの結論に達した。それの意味するところは何か。想像を超えた大物スパイに違いない、という結論だった。

うわ、最悪。想像を超えていた。

スターリンによる大規模な粛清によって、まともな将校はトハチェフスキーをはじめ皆殺しにされたので、残った軍人はカスばかりというのは歴史の本で知っていたが、個々のエピソードがそれを徹底的に描き出す。もっとも上のエピソードは軍人ではなく、NKVDの少なくとも地方官僚の無能ぶりを示しているわけだが。

だが、そんな連中ばかりではない。第Ⅱ章の冒頭を彩るミクシェフのエピソードは特に印象的、もし文学的に描かれていれば感動的、だ。

ドイツが侵攻を開始した時点で、スターリンは独ソ不可侵条約の効力を信じきっている(信じがたいのだが、それは本書が示す各種資料からほぼ間違いない)。そのため、仮に何かあっても、それはドイツの国境部隊が独断によっておかしなことをしでかしているだけに違いない。そのような行動に対して積極的に反撃することはヒトラーに対する信義(スターリンが?)に反する。したがって、抵抗するな、と厳命されている。

しかし

ゲオルギー・ミクシェフは、同僚の将官と違って、今にも攻撃を仕掛けてこようとしているドイツ軍を前にして、指をくわえて見ていられる人物ではなかった。その指揮下の1万5000人の兵士から成る第四一狙撃兵師団は、ウクライナ西部の国境から、10キロのところに配備されており、国境を挟んで、七万人のドイツ人将兵と対峙していた。ドイツ軍は、約400門の大砲と迫撃砲を備えていた。ミクシェフ隊の火砲の二倍であった。

ミクシェフ(おそらく少将か中将だと思われる)はそういう男だから、兵士だけではなく部隊に配備されているNKVDの役人の心も掴んでいる。真の将官のひとりだ。というか、軍隊には必ずNKVDの監視役が配備されているのは、文民統治という観点だけからは、良いシステムだなぁと、ひるがえって日本の当時の軍隊をみて思うのだが、もちろんスターリンの手先なので良い面ばかりとは言えないところが難しいところだ。でも、ここではNKVDは良い仕事をするプロフェッショナルである。

しかし15000人も部下がいれば、中には叛旗を翻すやつもいる。というわけで、後方の本営に第41部隊は応戦していると、密告するやつがいた。

ミクシェフの直属の上官であるイヴァン・ムジチェンコ中将は、激怒した。

早速若い士官が逮捕状を持って出現する。逮捕の仕事はNKVDだ。

「ふむ、仕事が早いな。まだまだわが軍の情報網は安泰のようだ」

ミクシェフは落ち着き払った様子で、話を聞きつけて集まった部下たちに言った。彼らが、最悪の事態に備えているのは間違いない。が、その最悪の事態を勘違いしてもらっては困る、とミクシェフはすぐさまNKVDの要員に話しかける。

「さあ、逮捕したまえ」

困惑を隠せないNKVDの高官に、お茶でも勧めるかのように軽い口調で言った。

「しかし……」

高官はミクシェフから顔をそらして窓のほうを向く。外では激しい爆発音や、銃撃の音が鳴り続けている。

「構わん。わたしの部下たちは全員、今がどういう状況か、わかっている。なあ?」

と、部下を見る。

「もちろんであります」

と全員が口を揃えて言う。

「では、さっさと持ち場に戻りたまえ」そして、一息つくと「ところで、ひとつ同志に許可をもらいたいことがあるのだが、」

と、まだ部下が見ているのを確認してから、高官へ言った。

というような情景がきっとあったのだろう。


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