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日々の破片

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著作一覧

2014-01-01

_ 正月

大晦日から正月は、恒例になっている家族カタン。

スタンダードカタン

(今やこのバージョンは売っていないのかと時間の流れを思い知る)

子供の戦略が、10年以上の歳月を経て

最初)とにかく道路を作りロンゲストロードカードを取る(当然敗けるが、ロンゲストロードカードを持っていることが勝利だと考えているので特に問題ない)

初期)とにかく貿易だったような(鉄と麦には至っていないので、森とレンガが重要)

中期)資源+貿易(産業革命を経て街の重要性を理解した)

と進展してきてからもう随分となるので、勝負は戦略よりもサイコロに依存するようになった。

(家族の馴れ合いゲームなので、盗賊は常に真ん中か12か2の位置に置かれるので、盗賊+軍隊というのはない)

ふと気付いたが、盗賊というのはあまりにも非現実的なので、本来はネイティブアメリカンか、ズールーだったのをソフィスティケートさせたのだろうな。

カタンの開拓者たち スタンダード版

なんと、このゲームのウリはコミュニケーションスキルの獲得にあるのか。それは考えもしなかった。


2014-01-02

_ MBPいけない組み合わせ

突然、不愉快なことを思い出したというか、忘れていたのを思い知らされたのでメモ。

MBPをモニタとつないで、ごくごく稀に移動する以外は、デスクトップマシンとして利用することができる。

APPLE MacBook Pro 13.3/2.5GHz Core i5/4GB/500GB/8xSuperDrive DL MD101J/A

デスクトップとしてMPBを使うには、マウスとキーボードを外部に接続しておき、モニタを接続してから蓋を閉じ、一度スリープさせる。あとでマウスかキーボードで復帰させると、デスクトップマシンとなる(蓋のLCDは無かったものとされる)。

で、キーボードとしてマイクロソフトのArc Keyboardを利用している。

マイクロソフトのArc Keyboardは薄っぺらで貧相な見てくれとうらはらに打鍵もしやすいし、なんといっても、MAC(OSX)で、OptやCmd、英数、かなを正しくそれっぽい位置で処理してくれる優れモノだ。

マイクロソフト ワイヤレス キーボード Arc Keyboard ホワイト J5D-00033

でもUSB接続(USBコネクタに小型の受信機を差し込む)だ。

となると、マウス+キーボードでUSBポートは塞がってしまう。iPodを接続できないじゃん。以前は3ポートだったMBP17だったので問題なかったのだが、MPB13にしたからそうはいかない。

それで、iPodを使うときはArc Keyboardのコネクタを外すという変則運用をしていたが、あり得ないので、USBハブを購入した。こんなものエレコムで十分だろうというわけで、顔のついたやつにした。ホストとのコネクタには短いけどケーブルが付いているので、MBPの込み合った左側面でも問題なしだ。

ELECOM USBハブ USB2.0対応 コンパクトケーブル収納 バスパワー 4ポート ホワイト顔 U2H-YK4BF1WH

で、この組み合わせは致命的だった。

とにかく、スリープしない。

正確には、リンゴマークのメニューからスリープは選択できる。

選択するとスリープはする。

そしてそのまま復帰する。

で、いろいろな組み合わせを試してわかったことは、エレコムの顔のUSBハブにArc Keyboardの受信部を挿入していると、即時復帰するということだった。

Arc Keyboardの電源をオフにしても関係ない。あくまでも受信部とエレコムの問題だ(エレコム抜きのときは、普通にスリープしていた)。

というわけで、外部機器の組み合わせは試してみないとわからないという非常に不愉快な話だったのだった。

(しょうがないので、以下のように運用している。まず、エレコムからArc Keyboardの受信部を外す。キー入力できなくなるが、次に行うのは、リンゴマーク+スリープをマウスで選択することだからまあ良い。でも、邪魔にならない小さな受信機なので、外した後、机から落ちて厄介なことになることがある。というわけで、朝から受信機を探すために机の下にもぐったりしたのでうんざりした)


2014-01-03

_ ネコ写真

仲良きことは美しき哉

ネコの写真を撮るのはいろいろ難しいことが良くわかった。

まず、フラッシュを焚くのはなんか猛烈に眼に良くなさそうなので、使わないことを前提とする。

すると、室内で飼っている以上、ASAを高く設定する。どうも露光時間が長くなるようだ(光学カメラがそうなのは当然として、デジタルでも本当にそうなのかなぁ)。

というか、そこらの写真を見ていて不思議なのだが、ネコってしょっちゅう動いているから、考えた通りとか、狙い通りとか、あり得ないのだが(携帯というかスマホのカメラだから、盗撮防止音を再生してからシャッターを切るとかの機構が組み込まれていて、実際にシャッターが切れるまでのタイムラグが大きいということはあり得るかも知れないけど良くわからない)。

顔認識が、ネコの顔は対象外なので、予測もしない場所にピントが自動設定されてしまうことがある(なら、解除しておけよと自分に対して思わなくもないが、実際に解除して試したら、ピント合わせ動作中にネコが動いて、かえってうまくいかないことがわかった)。

HTC J ONEには、Zoeという短時間ビデオ撮り機能がある。これを設定するとズームはできないし、光感度は低くなってしまうのだが、4秒くらいの連写になる。結局、動いているところをZoeで撮って、抜き出すと、それなりにおもしろい表情が撮れることがわかった。というわけで、トレードオフはあるけれど、Zoeで撮るのが無難なようだ(というのが、上の写真。右のくろちゃんが口をちょっと開けているのがかわいい)。紫カメラは修理済み。

au () HTC J One HTL22 ホワイトメタル


2014-01-04

_ Ruby-2.1.0-p0のMSI

昨年のクリスマスにリリースされたRuby 2.1.0-p0のWin32版インストーラパッケージを作成しました。関係各位のリリース直前までのハードワークに賛辞を送りたいと思います。

場所はRuby-2.1.0.msiです。

md5: 9899a360485677f243bd260df211d164

サイズ: 25,032,192

rdocを含んでいるため、25Mあります。

vendor_rubyに同梱してあるのは、algebra(動かしてないので動くかどうかわからない)、rjb(動く)、suexec、winpath(ショートパス名をPathnameに追加する)、icmpping、lhalib(テストは通った)、cstruct、dxruby-1.4.0(動く)です。

僕が把握している問題:readlineで、^F, ^Bの動きがおかしい(preview時に気付いて直そうと思ったまま忘れてた)。これはirbに影響します。

RScriptのバージョンは2.1となります。スタートのRuby-2.1.0グループのOLE Viewer(HTA)で動作を確認できます。

tcltkは、stubを使って作成してあります。ただし全く未テスト。


2014-01-09

_ 死が聖へと転化する場としてのWWW

手元に見つからないので捨ててしまったのかも知れないが、20年くらい前に別冊宝島の怖い話の本を買って読んで、何が書いてあったかほぼすべて忘れてしまったが(唐突に思い出すこともあるけれど)、唯一時々反芻するものがある。

怖い話の本―「心の闇」をフィールドワークした、超ホラー・ノンフィクション! (別冊宝島 (268))

おもしろいことに、覚えているものはなくならないものだ。

つまりは、山形浩生の墓としてのWWWだ。

最初にその文章を鮮明に思い出したのは、マサールさんが事故死された時だったが、確かにWWWが墓標として故人の残したものを生者に思い起こさせる場となった。

初期のアジャイルやテストの紹介者としてのマサールさんのWWWは、

それはたとえば、この世界での有名人が逝去した場合などに生じるだろう。

そのものだった。(「この世界」の「この」が生者一般ではなく、アジャイル/テスト界隈の狭い「この世界」ではあるけれど)

今日、興味深いものを見た。

上の山形浩生の文章は「怖い話」というお題のもとの文章なので、どちらかというと怪談としての墓なのだが、そうではなく、何か聖地としての墓へ転化した例だ。

雪が降った

2011年3月10日の飼い犬と降雪を楽しむブロガーの幸福な(相当に個人的な)日記が、そこで途絶えていることをあるとき発見され(元々コーギーの飼い主たちの間ではそれなりに知られていて、震災後すぐに心配された人たちがいたり、ブロガー自身によるニコ動への投稿が残っていてそこからの導線があったりしたようだ)、それが聖地化したものだ。

これだけ雪が降り寒そうなところで海に呑まれたり、家を失った人たちの苦労は並大抵のものではなかっただろうと同情を禁じ得ないし、犬との日常風景はとりわけペットを飼う人間には特に身につまされるものを感じさせる。災害は日常を完全に断ち切ってしまうという事実を厳然と突きつけられる場でもある。

それがどこかで転化して、病気のペットの回復祈願や自分の亡くなったペットへの祈りといったコメントが並び、複数回お参りに来る人もいる。(日記へコメントを付けられるようになったために、そこが記帳場としての機能まで持つとは山形浩生も当時は考え付かなかったようだ)

とても原始的な宗教ではあるけれど、

われわれは墓参りをするように故人のページをブラウズするだろう。それは今の墓参りよりはるかにビビッドでリアルな、そして個人的でひめやかな体験であるはずだ。電子メールのアドレスと同じように、そこには死者と生者の感情がからみつき、独特の世界をつくりあげるだろう。それを温床とした宗教も、どのような形でかはわからないながら確実に誕生する。

の一例だ。

慧眼だ。

(追記:いろいろと前後関係の間違いを修正)


2014-01-10

_ ボリバル侯爵を読んだ

先日、妻が、ほいよと言いながらボリバル侯爵という題のハードカバーを渡して来た。図書館に行ったらお前が好きそうな本があったから借りてやったんで恩に着ろよとか言う。

にしても、ボリバルと言えばシモンボリバルしか知らないし、あいつは侯爵ではなかったし、と読み始めると、あまりのおもしろさに卒倒しながら読み終わってしまった。

ドイツは旧ライン同盟に属する小国の領主が死ぬ。その遺品を整理していたら、それまで誰も知らなかった領主の青年時代の遺稿が見つかった。その遺稿は、ライン同盟諸国として、ナポレオン軍のスペイン派遣部隊として派遣された時の記録だ。それまで謎とされていた2つの部隊が全滅するまでの全貌がそれによって始めて明らかとなった。しかし、あまりに不可解な内容であり、歴史学会は紛糾する。これは事実か妄想か。

というような前置きで始まるもう一つの歴史の物語である。

領主は当時18歳、少尉として10数名から成る騎兵隊の隊長として大佐率いる部隊に配属されている。

ナポレオンの軍隊だが、舞台はスペインの小村、部隊はライン同盟諸国の混成で大佐の配下に6人の尉官(領主はもう一人の少尉と共にその中では一番の下っ端)、対戦相手はスペインの反体制(当時はナポレオンの兄貴が国王なので、ナポレオンが体制側)ゲリラ(ウェリントンの手先のイギリス将校が参謀として参加)、村人は野蛮で略奪大好きなゲリラよりもナポレオンの軍隊のほうに好意的、というような状況だ。

部隊はゲリラを壊滅状態に追い込み、意気揚々と村に入る。村人のほとんどは歓迎する。

少尉はそこで不思議な男を見る。いかめしい顔で歩いているが、次々と村人に声をかけられる「ボリバル侯爵おはようございます「これはボリバル侯爵ではございませぬか」しかし、男はまったく相手にせずにそのまま通り過ぎる。

頭がおかしいのか?

しかし、後になって市長(村と書いているのだが村長じゃないじゃん。というわけで、翻訳は比較的いい加減だ。ひどいのは、ボリバル侯爵のセリフが一か所だけ「ですます調」になるところで、下訳をそのまま推敲忘れて出してしまったとしか思えない。が、物語の抜群のおもしろさのために、気にはなるが問題とはならない)に聞くと、いやそれだけではなく誰に聞いてもボリバル侯爵は実に優れた男だというではないか、まったくわからない。

実はボリバル侯爵は変装名人で、年齢から姿かたちまで全くの別人に化けることができるのだ。しかし欠点がある。「ボリバル侯爵」という名前を耳にすると、言葉の主を見てしまうのだ。それでは変装が台無しだ。というわけで、名前を呼ばれても無視する訓練をしていたのだ。

というのもボリバル侯爵はゲリラのためにライン同盟部隊殲滅作戦を授け(その作戦と行動のための合図については、たまたま負傷したため部隊とは別行動を取っていた将校が内容を聞いていたのでライン同盟部隊にとっては既知なのだが)、そのためには、侯爵自身が変装して村を自由に移動する必要があり、そのような奇怪な行動を取っていたのだ。

ところで、部隊の6人の尉官には共通の秘密があった。

全員、大佐の妻と関係を持っていたのだ。もしそれが大佐に知られたらどのような破局が訪れるか、それが問題だった。とはいうものの、ゲリラを撃退して村に入って一安心と、全員集まって酔っ払いながら大佐の妻の思い出話をしていたわけだが、ふと気づくと見知らぬ男がその場にいる。別部隊の将官が連れて来た驢馬引きの男だ。これはまずい。というわけで、難癖をつけて闇に葬ろうとする。

するとラッキーなことに、別部隊に徴用されたが盗みを働いて逃亡したことがわかる。では銃殺だ。

殺された驢馬引きは、少尉の目の前でみるみる変身し、昼に見たボリバル侯爵の姿に戻る。そういうことだったのか! それで盗みを働いたのに、のうのうと村にいたのか(つまり、ボリバル侯爵は、変装した相手がまさか盗みを働いて村から出て行ったということまでは知らなかったのだ)。

というわけで、始まってあっという間にボリバル侯爵は退場してしまう。

だが、最初のところで、読者はライン同盟部隊が全滅することは知らされている。

縦横無尽に伏線を張り巡らし、しかし決して緻密でも稠密でもなく、むしろえらく大雑把な法螺話っぽく、それでいてほとんど瑕疵なく、まったく破綻なく、部隊は全滅し、さまよえるユダヤ人はやはり死に損ない(なぜか唐突にさまよえるユダヤ人が物語に介入してくる)、そして少尉だけは生還する。

堪能した。

ボリバル侯爵(レオ・ペルッツ/垂野創一郎)


2014-01-11

_ ソフトウェアと出版

良く建築に例えられるソフトウェア開発だけど、それは人数と作業数の規模の問題だから(例えば銀行の第3次オンライン開発についてはある程度見知っているからわかるけど、まあ、例えられるのも理解できる)、現在のソフトウェア開発のうち、相当多くはむしろ出版(Webへの掲載を含む)に近いかもなぁと思う。

出版について工程を考えてみよう。

1)企画がある(開発者ベースもあれば編集者ベースもあり、企業持ち込みのPRのようなものもある)。

2)筆者を選定する。場合によると内製もある(=編集者が執筆する)し、グループ執筆もある(UI担当とDB担当とフレームワーク担当みたいなものだ)。

3)執筆作業(その前に企画についての打ち合わせがあって、要件確認とか、非機能要件の擦り合わせもある)。純粋な執筆というのは、プログラミングの中のコーディングに相当すると考えると正しそうだ。「ですます」調でいくか常体でいくか、会話型にするか、論文調にするか、というような文体の決定は文章の内容や筆者の得手不得手、媒体の性格などに依存するから、ちょうどプログラミング言語の選定とフレームワーク選定に相当するのだろう。

4)校正(誤字脱字=コンパイルエラーからユニットテストくらいから、内容や参考文献のチェック=システムテストかな、レビュー(コードレビュー相当から受け入れテストまで含む)とかまで含む、本来は執筆=コーディングよりもむしろ時間がかかるくらい)

5)ディストリビューション(デプロイ作業だ)

出版も、大事典からWeb上の記事までバラエティーがあって、それによって開発者や編集者の人数、ディストリビューション作業に大きな幅がある。

で、編集者というのは、上の工程からわかるように、プロマネであり、アナリスト(ビジネスアナリストとシステムアナリストの兼業)であり、アーキテクトであり、プログラマーも兼ねることがあるし(プレイングマネージャだ)、しかもテスターであり、QA担当でもあり、パッケージマネージャであり(雑誌だと割り付けしたりする場合もあるので、これはライブラリアンの役割もしていることになる。メモリきつきつの専用機器へのメモリ配置とかするレベル。しかも文字通りワード単位で(さすがにバイト単位ではない))、リリースマネージャである。知っている範囲ではコールセンターサポート業務まで担当していたりもする。

つまりは、DevOpsのプロなのだった。

すげぇ。

で、そういう観点から見ると、東洋経済がリスクを恐れずに実験的なアプリケーションを外注してリリースしたら、脆弱性が見つかったので、早めに回収したという状況なのだろう。まあ、しょうがないな、と同情してしまうのだった。


2014-01-12

_ 文章表現

小学校の国語の教科書に、たしか山本有三だと思うが、文章の書き方を説明しているものがあって、次のことを学んだ。

・生な表現はできるだけ避ける

たとえば、「寂しかった」とか「悲しかった」のような形容詞を直接使うのを避けるということだ。それはここぞというところでバーンと出す。抑制された末に出てくる直截表現は読むものに強い印象を与える。

したがって、形容詞は基本的に情景に語らせる。星ひとつない夜(と書けば「暗い」のは自明なので「暗い夜」と書く必要はない)に一人で豆腐を買いに行かされた。聞こえてくるのは自分の下駄が時々蹴飛ばす石の音だけだ。いつもであれば足元にまとわりついてくるジロのハアハアいう声が聞こえてくるのに、ジロはもういないのだ。とか書いてあれば、飼い犬のジロが死んだので寂しい思いをしているということもわかるから、寂しいとか心細いとか書く必要はない。

具体的な記憶はないのだが、同じ言葉の繰り返しを避けるというのも同じく国語の時間に習ったことだ。

赤い太陽に照らされて赤い頬がますます赤く見えた。と「赤」を3回も使うのはだめで同義語で置き換える。

日本語の場合は、漢字が自由に使えるので、単に爍い太陽に照らされて紅い頬がますます赤く見えたとするだけで随分だ。

で、こういうことは日本語の文章作法だと思っていたのだが、高校あたりの英語の時間に、同語の繰り返しは避けるということを習う。そのためにシソーラスが重要と言われる。

で、ある日、Amiga用のワープロの広告を見ていて(Amiga Worldなので英語の広告だ)、シソーラスがどうこうと出ているので、あー、これのことかと納得する。ワープロが同語を見つけると、同義語の変換候補を出してくれるということだ。

で、日本語はまったく良いのだが、これは英語の一般的な文章を読むときにズシリと利いて来る。

上の説明を読めばわかるように、これらの文章作法は、技術文書には適用してはならないものだ。

技術文書であれば、定義済みの用語だけで完結させるほうが望ましい。したがって、同語だからといって置き換えてはならない(地の語りの部分はともかくとして、そういう部分は少ない)。もしろん、形容が必要であれば、そのものを意味する形容詞を使うべきで、婉曲な情景による表現というのはありえない。たとえば、transactionalを婉曲表現したらそれを書いた人間はばかだとわかるから、読む必要すらない。

というわけで、わりとすらすら英語で書かれた技術文書は読めても、文学チックなものはとっても辛い。語彙が偏っているから、まんべんなく同義語で変えて来られるとさっぱりわからない(というのは言い過ぎで、これはさっきの続きなのだから、意味はさっきの~と同じだなということはわかる)からだ。少なくとも、ニュアンスのようなものはばっさり消えてしまうのだった。

_ Hatching Twitter読みかけ(承前)

というわけでHatching Twitterを読み始めたのは良いけれど、おれには相当きつい。著者はニューヨークタイムズのジャーナリスト兼コラムニストだそうだけど、実に筆が立つ。問題は英語として筆が立てば立つほど、こちらは読み辛くなる点だ。

というわけで、ようやくTwttrの名づけ親で、前身のオデオの本来の創業者の(しかし諸般の事情からCEOとはならなかった)ノア・グラスがイブ・ウィリアムズ(Bloggerの創業者でその有名なところと金がある点からオデオのCEOになっている)から馘首を宣告されて背後で扉がスラムシャットダウンされるところまで読み終わった。どうも筆者は陽が当たっていなかったTwitter創世記に重要な役回りをしているノア・グラスに陽を当てることも使命の一つだと考えているのか、読んでいるとノア・グラスに対してとても同情的な気分となってくる。とは言え、実際に回りにいたらうざったくて(うざーという言葉がとても当てはまる役回りなのだ)たまらない野郎だなとも読めるけど。

ここまでで全体の27%。しかし、2週間近くかかった(通勤読みだけど)。

でも、27%でも相当おもしろかった(おそらく語彙の理解度も27%のような気がする。0.27の2乗で1/16しか読めていないことになるかも)。とはいえ、ギークタームやテクニカルターム(「let the beige door slam behind him」と書いてあればFIN-ACK-FIN-ACKではなくRSTでドアが閉まったことがわかるわけじゃん)、カルチャー的なところはわかるので、結構楽しめた(という言い方をしているところを見ると、続きを読む気はあまり無いようだなと自問する)。

なんというか、オデオ(PodCastの会社だがローンチ前にAppleの参入が見えてぽしゃってしまう)の様子が相当、オタサークルっぽい。

妙な反政府主義者の夫婦者(ぐだぐだなのは「not the anarchists refusing to follow rules and allow order」とそのRabble自身が星5のレビューで書いていたり)がいたりするのはともかく、サークラ的役回りの女性(クリスタル)がいて、まあ実際サークラなのでジャック・ドーシー(ファッション業界へ転向するという訳のわからないおどしをノアにもイヴにも言い出すところが妙なのだが)とノアグラスの関係ががたがたになってしまって、ノア追放の原因の一つになるところとか、頭を抱えたくなるような感じ。

ただ、このクリスタルがTwitterの誕生に相当大きな役回りを果たしていて、早い話が、ギーク系オタサークルにちょっとキャピった女の子として入ってきたために、ケータイのテキスト文化をジャック・ドーシーに教えることになり(この時点で少なくともドーシーはケータイを即時性を持つ移動式電話としてしか考えていないので、若いいかした女の子のケータイ文化をここで初めて知ることになる)それがTwttrの初期のアイディアにつながったりするのだった。(最初からSMSインターフェイスを重視していて更新がSMSで通知されるように作っていたと読めるのだが、日本のSMS(Cメールとか)と違って、USのSMSはインターネットとの相互運用が自在なのかなぁ)

もう1つおもしろかったのは、オデオは従業員の間でまったく使われなかったのに(社内に試作品が置いてあって誰でも使えるようになっている)、Twttrは従業員や一部のアーリーテスター(というか招待された人)の間ですぐさま広まるくらい人気となるのだが、投資家にはそれがどういうものなのかさっぱり理解されないという箇所。理解されないのはノアの説明が下手だというのもありそうだが、なんとなくわかる。

意外だったのは、ノアグラスについての説明で、最初の登場のシーンからはきっとウォズニャックみたいな人(大男だとかいろいろ書いてあるし)を想像していたのだが、少なくともTwitterのアイコン(本人かどうかはわからない)を見る限り、全然違うタイプだったこと。

というように、少なくとも最初の27%については技術的な話ではなく、人間関係のぐだぐだを描いたおもしろギークの生態観察みたいな本だった。

Hatching Twitter (English Edition)(Nick Bilton)

つまり、ソーシャルネットワークのTwitter版と考えると外れ無し。

ソーシャル・ネットワーク [Blu-ray]

これはこれでおもしろいものだ。

あと、ジャックドーシーが千羽鶴を作って結婚式のお祝いに贈ったというようなことが書いてあるのだけど、アメリカにもそういう文化があるんだろうか? (おそらく無いからクリスタルに毎日鶴を折ってちょっと気持ちの悪いことをするところで、決定的にうざがられてしまうんだろうとは思うけど。というか決定的にうざがられたようなことは書いてあるけど、その後もなんとなく仲良くやっているように読めて、単におれが正しく読めてない感)

jmukさんの感想がおもしろそうなのでkindle版が安かったし翻訳待たずに読んでみたのだった)

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ arton [どうもありがとうございます。とりあえずは読めてますし、面白いです。 慣れについては、言われてみるとそういう傾向はあり..]

_ harupong [SMS-Gateway というサービスがあって、海外だとよく使われてるようです。最近だと 2 factory aut..]

_ arton [おお、なるほど。どうもありがとうございます。 ぼくは家族間で結構Cメールを使っているので、便利そうだな、と思ったので..]


2014-01-14

_ Visual Studo 2010のサドンデス

なぜか、Visual Studio 2010が死にまくる。

起動すると死ぬ。死亡メッセージの詳細を見るとvsdebug.dllという名前が見えたり、問題の追加情報としてLCID:1041とかが表示されるのだがまったく身に覚えがない。

いきなりは死なないときもある。でも、新規プロジェクトを作成すれば死ぬし、既存のプロジェクトのオープンでも死ぬ。しばらく生きていても、プロジェクトが開けない。なんかランダムなモジュールで例外が出る。

マイクロソフトに報告するを選択しても死ぬ(送信メッセージが表示されない)。

とにかく何をやろうと死にまくる。

検索すると、一番近そうなのがこれだった。

Visual Basic 2010 を起動して直ぐに動作が停止する。

で、これを見て、SP1を入れ直したり、Visual Studio 2010のリペアを実行したりしたが、まったく症状は改善しない。

Visual Studioは/LOGで起動しろと表示することがあるのだが(表示する前にクラッシュすることもあるので常にというわけではない)、試してみたがログは作成されなかった。でも、しょうがないので、しつこく試すことにした。

コマンドラインからdevenv.exe /LOGとして実行するわけだが(PATHは通っていないので、Microsoft Visual Studio 10.0\common7\ideをカレントディレクトリとしたコマンドプロンプトを使う)、クラッシュのタイミングでは、C:\Users\ユーザ\AppData\Roaming\Microsoft\Visual Studio\10.0には、ActivityLog.xsltしかできないことがある。しかし何度か試すうちに、ActivityLog.xmlが作成された。

で、わかった。なるほど。ランダムなタイミングでクラッシュするのは複数のスレッドで初期化を多重化しているからだ。そしてVisual Studioの再インストールでは解決しないのは、Visual Studio自身に原因はないからだ。

結論は、machine.configに記述ミスがあることが原因だった。なるほど、そういえば、IISの設定を変えるために、httpRuntime要素を修正したのを思い出した。その時、属性の値を囲む"の閉じる分を消してしまったのだった。

(が、それがIISやASP.NETではなく、Visual Studio 2010に影響するとはちょっと考え付かなかった)。

それにしても、あせりまくったのだった。


2014-01-19

_ 入れ物が変われば生活を変えるのは当然

それまで靴で家の中に入るスタイルで暮らしていた人が、畳のある家へ引っ越したら玄関で靴脱ぐ生活に変わるのは当然だし、前者が後者を裸足で暮らす野蛮人と呼ぶのは無知だし、後者が前者を水虫小僧と呼ぶのはお門違いだ。

15年前のfjでのやり取りというのを眺めていて、正直いってぐだぐだ言ってないで仕事しろよとも思うのだが、実に奇妙な感覚を得る。

というのは数十年仕事でプログラムを書いていると、いろいろとすさまじい断絶があるのだが、どうもこのへんでおしゃべりしている人たちは随分狭い範囲しか経験していないのだなぁという感想しか出ないからだ。

今となっては誰も知らない言葉のような気がするがBUNCHの1つに入社して、きわめて特異な(でも、なんとなく68000(よりもはるかに歴史はあるのだが)に似ていなくもない)アセンブリでメインフレームのミドルウェア(コンピュータのアーキテクチャが異なるから雰囲気になるけど、カーネルモードで動くというような意味)を開発(というのは、設計から実装からテストしてさらにサポートすることまでを含んでいたりする)したり、その上に乗っかるアプリケーション(コンピュータのアーキテクチャが異なるから雰囲気になるけど、ユーザーランドで動くというような意味)をCOBOLで開発したりしていた時点があって、その時点でのミドルェアの開発と、アプリケーションの開発の違いがまずある。

次に、上のメインフレームを32ビットの独自CPU(MPUとか呼んでた)に移植したミニコン(というジャンルがあったのだ)にサブセットを組み込んでいた時点の開発というのがある。似ているのだが、上のとはまた異なる。

さらに、PC9801を入手してそれを利用して上記のそれぞれの端末として動作させるための社内ツールを開発したわけだが、その開発がまた異なる(これはシュリンクラップに近い)。

で、90年代になってそれまでDOSで作られていた種々の周辺アプリケーションをWindows3.0(3.1ですらない)とNetBIOSで開発した時点(これは2人で開発した)で、また異なる(これもシュリンクラップに近い)。

それに続けて、Windows3.1で動作する業務用のシステム(これは10人くらいで開発した)が、また異なる。

さらに、NT3.51に上記のミニコンを移植するプロジェクトがあったが、これがまた異なり、それとは別にWindows3.1用に開発したやつ(上の10人規模と書いているやつ)があるのだが、それがまた異なる。

とは別にNT3.51用にミドルウェア(今でいうフレームワークになる)を開発したが、これまた異なる。

20世紀の間に、コンピュータのアーキテクチャの変化があって、それに連れて開発スタイルが大きく変わるのを何度も経験しているわけだが、それはプログラミングを中心とした場合に、環境が大きく変わるからだ。

メインフレームで開発していたときは、ソートルーチンすら存在しないから、自分で必要に応じてソートを実装することになる。アルゴリズムを使える時間や、メモリーや、引き継ぐ必要の有無から選択しなければならない。一方入出力は単純なので考える余地はほとんどない。通信が必要となればプロトコルも0から実装することになる。いちいち面倒くさいのだが薄いOSを除けばすべては自分の制御下にあり、何かしくじればそれは自分が悪い。

ミニコンの時代となると、通信やIOについては周辺のミニコンに任せられるので、自分でSYNの間隔を制御したりパリティを計算したりする必要はなくなる代わりに、それらのコントローラを操作するためのノウハウが必要となる。何かしくじっても、自分が悪くはないことが出てくる。

パソコンになると、言語がCになりライブラリがついてくるのでたとえば自力でソートを実装する必要がなくなる。ところが突然シングルタスクの世界になってしまうために、割り込みを制御したり、Windowsになるとイベントをうまく制御して細切れでアイドルにしてやったりする必要が出てきて、そうなるとOSをうまく乗りこなしてやる必要が出てくる。大抵の場合、何かしくじるのは自分の外の部分で、回避のノウハウ(というバッドノウハウ)が重要になってくる。

というように、時代が進むにつれて不確定要素(ようするに自分では制御できないもの)が増えてくる。自分でゼロから何かしなくても良い代わりに、調べること(アルゴリズムではなくAPIのレファレンスなど)が増えてきて、考えかたの違いから、それまでの方法論が通じなくなってくる。

一番の違いは不確定要素つまるところは外部要因と、確定要素つまりは自分で開発すべき範囲のバランスだ。

最初の時点では、設計とコーディングを異なるものとできた。というよりも、まずどうするか頭でこねくりまわし、コーディングシートというパンチ屋さんに指示を出すための紙の上にコードを書き、結果のカードをコンピュータに食わせなければ何もできない。パンチ屋さんがパンチをしている間にテストの計画を立てたりする。そもそもコンパイルして動作できるようになるまで1日くらいかかるので、プログラムの修正は、直接メモリー上に機械語を埋め込んでやったりすることになり、16進ダンプでプログラムの読み書きができなければ仕事にならない。不確定要素はほとんどないのだから、どういうコードにするかという設計と、コードそのものを記述する作業は、切り離せる。

ところが、不確定要素が増えるとトライ&エラーが重要になる。しかもコードを打ち込んでから実行するまでの間がTurboCなら数秒とかになってくると、設計しながらコードを打ち込んでとにかくトライすることが重要となる。紙の上でいくら設計しても、それはほとんど役に立たない。そもそも、ソートみたいに確定的なアルゴリズムで求められるものは、ほとんどすべて用意されているから、紙の上の記述は必然的にユースケースの詳細のようなものか、外部インターフェイスの仕様記述になってくる。それ以外のことを書いてもトライ&エラーの過程で変わってしまうのであらかじめ記述する意味がない。

随分と時代が変わったものだなぁと考えているうちにXPを知って、おおなるほどと納得することになった。

というようなことを10年前に日経BPで書かせてもらったなぁ(星さんとの仕事だ)と思いながら、その後の21世紀の10年間を振り返ると、開発方法についてはそれほど変化してないような気もしないでもない。というと嘘になり、プログラミングの周辺は固まったようだが(言語についてはObjective-CとC#とJavaScriptの比重が異様に増えたけど)、いかに運用につなげるかとか、テストを自動化できるかとか、問題を見つけてそれを修正して運用につなげるまでの管理とか、パッケージ作成と配布から人的ミスをなくそう(つまり自動化しよう)とか、その周りの部分が賑やかだ。

勤め先でも一部ではJIRAとFishEyeとJenkinsが活躍していたりするくらいだ。

というわけで、今度はChef Soloを使ってみようかなと。


2014-01-20

_ Windows8からVMWare Playerを削除する

ふと気づくと、イベントログにVMWareがらみのエラーが出まくっている。

Hyper-Vがあるからいらないじゃんというわけで削除しようと、コントロールパネルからアンインストールを選ぶと、[Windows XP以上のバージョンが必要です]のような寝言を吐いて中断される。

互換性検証の問題だろうと、MSの互換性解消ツールを走らせると、bootstrap.luaが見つからないとかいってこれもエラーで終了する。

実際には見つかる。C:\ProgramData\VMWare\VMWare Player\Uninstaller\bootstrap.luaだ。というか、luaを使っているのだな。

で、XP以降というわりに、そのてのチェックはどこにもない。

でもCheckForMSHyperVという関数を呼び出していることに気付いた。Hyper-Vは入っているから、おそらくこれが臭い。

というわけで、--で該当する行をコメントアウトしてアンインストールしたら成功した。

Programming in Lua プログラミング言語Lua公式解説書(Roberto Ierusalimschy/新丈 径)


2014-01-21

_ アバードが死んだ

僕が最も敬愛する指揮者のアバードが死んだ。

最初にアバードを聴いたのは1970年代にNHK-FMが流したザルツブルク音楽祭で、ウィーンフィルを振ったマーラーの4番だった。

これは本当に衝撃的だった。

マーラーの交響曲は、細かな旋律がからみあって、何か薄暗いジャングルのような印象で(特に当時の双璧だったバーンスタインとニューヨークフィル、クーベリックと確かバイエルンのは両方ともそうだった)、そうなると異様にメロディーが歌われる5番や9番(大地の歌も別格だ)を除くと全体にくぐもった響きだけが印象的で、それほど好きでもなかった。4番についてはバーンスタインとクーベリック以外にもクレンペラーのこれまた単色な演奏を聴いて、また少しも好きになれなかった(ワルターがコロンビアを振ったのも聴いたはずだがまったく印象に残っていない)。

ところが、アバードとウィーンの演奏は全然違った。

ごちゃごちゃからみあった旋律すべてに歌があって、遠くから見ると葉に覆われて単なる暗い塊のような大木なのに、よくよく近づいて見てみれば、そこかしこに花も咲いていれば小鳥が止まって囀り昆虫が集まっては樹液を吸って羽音を立てている、木漏れ日に照らされた樹皮は美しくなめらかで、遠目には黒っぽく見えた葉も鮮やかな緑に葉脈がすけて見えて、これはなんと活き活きとした世界なのか。

実はこんなに美しい音楽だったのかと驚いた。

Symphonies 2 & 4(Gustav Mahler/Claudio Abbado/Marilyn Horne/Frederica von Stade/Carol Neblett/Chicago Symphony Chorus/Chicago Symphony Orchestra/Vienna Philharmonic Orchestra)

(アマゾンのDBは壊れている。なぜカラヤンなんだ? ただ、ザルツブルク音楽祭のライブに比べるとおとなしい印象を受ける)

ポリーニと入れたバルトークもまた素晴らしくて、一時はこればかり聴いていたこともあった。

バルトーク:ピアノ協奏曲第1番、第2番(バルトーク/アバド(クラウディオ)/ポリーニ(マウリツィオ)/シカゴ交響楽団/アバド(クラウディオ) ポリーニ(マウリツィオ))

ただ、レコードには結構出来不出来もあって、ベルリンを振ったマーラーはまったく感心しなかったが、どうもベルリンとはそれほど相性が良くなかったらしい。

その後しばらくクラシックを聴かずにいたが、ある日、久々に聞き始めると、写真に写っているアバードが蜷川幸夫のようなネズミ男になっていて仰天した。友人から闘病生活で死の淵から甦ったと聞かされて、なんとなく悲しくなったが、その後は積極的にあまり耳にしない名前のオーケストラとモーツァルトをどんどん録音していて、しかもそれが実に楽しそうな演奏で、聴き手としては実に嬉しかったのだが。

Symphonies Nos. 39 & 40(W.A. Mozart)


2014-01-25

_ さよならソルシエ

先日、暇つぶしにマンガでも読むかと本屋に入り、本屋さんが選ぶマンガコーナーの上のほうに置いてあったので(1:売れてそうな本はおもしろい可能性が高い)、手に取って(2:絵柄は好み)、眺めたらフラワーコミックだったので(3: 発表メディアは重要)2冊とも買った。これがゴッホ兄弟をモチーフにしたマンガだというのは買った後に知った。

で、今日一気読みした。

ひさびさにマンガを読んで、涙が出てくるほど魂が揺すぶられた。

さよならソルシエ(1) (フラワーコミックスα)(穂積)

さよならソルシエ 2 (フラワーコミックスアルファ)(穂積)

(1巻だけはKindle化されているのだが、良くわからない運用だな。既に雑誌で発表しているのであれば、単行本化時にKindle版も出せば良いと思うのだが)

パリ、浮浪者が賭けチェスをしている。そこに良き商人の姿をした良い男(つまりは表紙の男であり、主人公のテオドルス・ヴァン・ゴッホ)が割って入り、強烈な印象を残す。畳みかけるように、男が画廊チェーンのパリ支店の店長であり、凄腕の商人であり、シャーロックホームズのような観察眼と推理力の持ち主であることが示される。対比として凡庸な画廊の部下と、アカデミーの大御所が提示される。

主人公の印象的な提示が行われる導入部のうまさとマンガとしての表現力にまず舌を巻き、ストーリーテリングの妙を味わいながら読み進めると、アカデミー支配下の画壇と、それに対抗しようとする若き芸術家達(の代表としてロートレックが提示される)、その中を巧妙に踊りながら、兄貴のヴィンセントを世に出すために、画というもののありようを変えようと暗躍するテオドルス、その中をあたかも山下清のようにただ絵を書きまくるヴィンセントが描かれる。

重要なのは、そこかしこに提示される、美術というものの価値観の披露であり、芸術とは何で、それが誰のためのもので、その存在意義とは何かということだ。

その主張はストレートで、それゆえに感動的だ。

その主張の上に、テオドルスとヴィンセントの兄弟愛を基調としながら、ギフテッドとは何かが問われ、ギフトを授かったものとそれを目の前にしながら授けられなかったものの葛藤が描かれる。物語の締めくくりまでぴしっと決まって驚愕する。冒頭の提示部でわれわれが知るテオドルスとは異なるテオが描かれるのは、すべて最後のためだったのだと驚愕する。

素晴らしい作品だった。

・さて、で、このログを記録するために、アマゾンを見て、本当にげんなりするのだが、どうして世の中にはかくも読解力が無い人たちがいるのだろうか。そして、なぜ、その読解力の無さを得意げにネガティブな反応として誇らしげに語るのだろうか。

短い物語の中に芸術とは何かという問いがあり、その解としてのパン屋の画があり、100年(という単位を使っているが、別に久遠と書かれていても同じ意味となる)という単位で生き残る作品とは何か、価値あるものを残すというのがどういうことか、といったわかりやすいモティーフが山ほど含まれていることと、ゴッホという(少なくとも現代日本で暮らしていれば)自明なイコンを使っていることから、何が書かれていて(それは実に多岐にわたるのだが)、何を作者が書くつもりはないかは明らかだ。

いや、たった一つ、マンガの読者(おそらくわざわざ美術館に足を運んだりはしない人も多いだろう)に、ゴッホという作家はすごいんだから、展覧会があったら実物を見てみようかな、という気にさせればそれで十分なことなのであった。

いや、ゴッホなら本物を死ぬほど見ましたよ、という人に対しては、ではその芸術(つまりは人類の至宝)のために、芸術家でないあなたはどのような貢献をしましたか? と問われているとも言える。その点については、これはゴッホではありませぬ、兄弟の書簡を百万遍読み直してから書き直したほうが良いとか得意そうにアマゾン評を書いている連中は、大いに恥じ入るべきだ。数10万部売れたそうだから、その中の数万人は本書を読んでゴッホという画家がいたという事実と、その作品がどうも素晴らしいものらしいということを知った可能性があるということを、まず賞賛すべきだろう。

いずれにしても、これだけの作品を生み出した漫画家の技量は見事だ。


2014-01-27

_ 新国立劇場のカルメン

日曜は新国立劇場でカルメン。

舞台は3階立てのサイズの2つの壁面を使って、1幕ではセビリアの街、2幕では酒場の壁(ちょっと岩壁風)、3幕では密輸業者の砦、2場では中央に闘牛場の門を配して再び街。

指揮のルビキスは快調なテンポで振り始める。特に印象的なのは3幕始めの間奏曲で、フルートの有名なメロディばかりにこれまで気を取られていて気付かなかったが、実に巧妙に他のメロディが組み合わされていて、すごい名曲だった。これまで退屈なメロディのせいでまじめに聴いたことがなかったのか、それともルビキスの指揮と東京交響楽団が優れているのか、たぶん、その両方だろうけど、色彩の豊かさに驚いた。1幕、2幕ももっとまじめに聴いていれば良かった。ビゼーは独特なメロディ感覚があり、それが微妙に好きになれなくて退屈してしまう点があるのだが、管弦楽として聴くと実に素晴らしい。なんで今まで気づかなかったんだろう? これは3幕2場のチャンチャチャチャッチャチャラチャンチャチャチャッチャチャラも同じで、とにかく初めてビゼーの管弦楽の豊かさを思い知った。

テンポの動かし方もなかなかに強力で、それが指揮者由来か歌手由来かはわからないけれど、マタドールの歌が実に楽しい(演出で、黒い恰好で高いところに出現し、マントをぱっと取ると恰幅が良く、マタドールというよりは、大山倍達のように牛と闘いそうではあるけれど、それにしてもウリアノフという歌手は見栄を切るのがうまい)。ただ、同じ2幕最初のカルメンの歌はときどき地声っぽくなったり、ずれたりちょっと?となった(という点からは、指揮者主導なのかも知れない)。ケモクリーゼ(スカラのリゴレットで観たらしい)のカルメンは、ハバネラは良い感じ(ただ、途中で飽きてしまった)、セギディーリャもいい(が、この曲も途中で飽きてしまった)、2幕冒頭では?となったが、歌って踊って演技して美しく、良いカルメンだったのではないだろうか(1幕の最初のハバネラのシーンと次の喧嘩シーンの間で派手な服から制服に着替えているので、なかなか忙しそうだ)。2幕の5人組が位置をころころ変えながら歌う密輸をやろうよの歌は楽しかった。ホセのリベロは素晴らしい。でもホセはリベルテを理解していないのだが。ミカエラは、浜田理恵で、リューを観たときの印象のままで、うまいし説得力もあり声はきれいなのだが、音量が弱く他の音に負けてしまうところがある(3幕の歌はミカエラの独壇場として作られているのでまったく問題ないのだけど)。

で、3幕の間奏曲のあまりの美しさに完全に覚醒したので、実に楽しめたのだが、いろいろカルメンという作品について考えてしまう。

まず、カルメンは、制服フェチなのではなかろうか。したがって、ホセとの恋愛が覚めてしまったのは、身から出た錆のようだ。彼が制服を脱がざるを得なかったのは、カルメンのせいなのだからだ。エスカミーリョは、そのへんをわきめているからか、密輸団のアジトへもマタドールの衣装のままでやって来るが、休日に普段着でごろごろしていると、あっというまにカルメンの恋はさめてしまいそうだ。

ということは、ホセは3幕2場で、ぼろぼろの野良着で出てくるが、そこで一工夫して、元の竜騎兵の制服を盗むか何かして着て、無精ひげをさっぱり剃って出てくれば、もしかするとカルメンとよりを戻せた可能性はあるのだろう(よりは戻さなくても良いが、さっそうとしたホセを登場させる演出があっても良いなぁと、いつもながらのボロボロのホセを見て思った)。

プログラムを読むと、初演の風景として、3幕以降、観客がブーブー始めて、初演は大失敗で、失意のビゼーはすぐに死んだ。悲劇ですな、と締めている。ふーん、と読んでから、次に1つ前のビゼーの生涯を読むと、あれ? と不思議になる。コンセルバトワールを出た後、アルルの女とか美しき水車小屋の娘とかを次々に発表するが、すべて18回、10回、18回で打ち切りになって、成功しなかったとある。で、先を読むと、オペラコミック座からの依頼で、起死回生の異国情緒あふれるスキャンダラスなカルメンで賭けに出るが、33回目の再演中に病死したとある。

??? 初演は失敗したかも知れないが、他のオペラが最高18回で打ち切りなのに、死亡時に33回ということは記録更新中じゃん。であれば、生前の20回目の再演時には友人たちと祝杯を上げてもおかしくないし、30回目には(すでに病床だったとしても)にっこりとガッツポーズくらいとりそうだし、不幸のどん底で死んだというのは悲劇にし過ぎだろう(いや、よっしゃこれからだ、やっと風向きが良くなったぞ、と感じた矢先の死という意味では不幸のどん底とは言えるが、成功を見ることなく……というのとは明らかに違う)

終演後、バックステージツアー。舞台監督の、ナブッコのように舞台を破壊して終了する舞台は、次の開始時に完全に最初の位置にすべてが揃っているかの確認が大変という話に、すごーく共感する。破壊的なテストをした後に、再テストするときのようなものだ。あるいは破壊的な本番環境テストした後の、本番環境復元であるとか。

ロッシーニ:歌劇「セビーリャの理髪師」全曲《日本語字幕》[Blu-ray]

ケモクリーゼってロジーナを歌うのか(これまで観たのがリゴレットとカルメンなので、クラシックよりはロマンティックよりなのかと思った)


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